作者別: 入間川 幸成

音楽屋。

無音もまた、効果音。

春。

外に出たら新たに目に入る花が多い。
外に出なくても画像サイズで咲いた花をよく見かけるものです。
人が多い場所に行けば、新しい制服とか、そういう、人の何かを見かけたりもするのでしょう。みたい。

春は音も、耳に新たになって面白い。
葉をつけた木の間を風が通る音だとか、
発情した猫の鳴き声だとか、
新年度に際して工場に持ち込まれた業務車の整備音だとか。

聞こえなかった音が増えてきたような感覚が、
すぐさま響く「季節の変化によって注意が外に向いただけ。音は常にそこにある。」とかいう打ち消しのひと声と共にやってくる。
音が増えたのは、春だからかという話で言ったらどちらにせよ、賑やかである。

春。新生活。
居を新たにする方もいることと思う。

春の賑やかさで包み込まれて気付きづらい騒音、隣人は持ってはいまいか。
静かで穏やかな環境は、
何も聞こえない場所じゃなくて、心地よい音が聞こえる場所だ。

廊下を歩くあの女の足音は毎朝気になるけど、彼の足音は好き、というようなものがあるじゃあないか。

ノイズ。

調音や録音に際して気になるのはノイズである。
ノイズのせいで聞こえなくなるものやみえなくなるものがある。
『在る』モノを隠すのがノイズだ。
たとえば、『在るはずの穏やかな生活』とかを。

そしてそれと同時に『在らず』モノをきかせたりみせたりするのもノイズである。
たとえば、『憤り』とかな。

冗談のように聞こえましょうが、
騒音トラブルで警察沙汰、なんていうのは結構耳にしませんか。そんなノイズ。

てな具合にノイズは通常、避けられるべきものであります。
サウンドが身近な人間は近くの人間への後ろめたさも相まって、ノイズに多少敏感なものです。
それらの処理に大半の時間を費やす人間が、今日もどこかで手を動かし目を乾かし耳を澄ませている。

隣人の奇声、改造車のエンジン音、隣に座った誰かの鼻息、
自ら開いたはずのタイムラインでの一言。
ハートが喜ばない何かはだいたいノイズに分類して間違い無い。

そして強まる『防音』への憧れ。

消せないノイズも世の中にはあるから、『防音』というのは良い言葉だと思う。
迎え撃つよりも身を守るような、正直で謙虚なアティテュードを感じる。

とはいえ防ぐのにも限界はあるから、
『消さない処理』も使わねばなりません。音楽屋なら尚更。
という考えで、
「望んでいるのは、音が無いことなのか?」
という疑問が『在る』ようになった。ノイズによって。

無音。

でも知ってる。
ありえないんだ。無音。
聴覚が無くなったら無音か?
いやたぶんきこえる。きこえてたものが。きこえない感覚でもって。きこえないきこえない、ってきこえる。

聴覚がもともと無かったら無音か。
『有音』との境が切れないから思い浮かべる『あの無音』はありえない。

ありえない。無音。

静かな場所に行っても必ず聞こえる。
普段気付かなかったのかな、いつも鳴ってたような耳鳴り。
髪が耳に触れる音だってする。
首を傾けた時の「シャリ」っていう音も。
息が鼻を通る音と喉を通る音の違いや、鼓動や血流の音も。
『衣摺れ』というのは、そういう騒がしい静寂とエッチな状況に使う以外で用途はあるのか。

だから『無音』というのは、ありえないからそれは『模型』として
「無音ということにしている」という音を抜いた効果音、サウンドエフェクト、SEである。

まるで映画で人が人を殴る時に鳴る音のように。
実際は殴った人が聞く音と、殴られた人が聞く音、そしてそれを見ている人に聞こえる音は全て違うけど、
それら全てがいい感じにカメラの位置だとかシーンにそぐわしく、感覚に訴えるバランスで

「あっちのマッチョが、こっちのマッチョを殴った。血が出るくらいの強さで。」

というのがすぐにわかる効果音1つとして、ああいう音が鳴るというわけである。

エイリアンがUFOから降りてきた時の音なんて聞いたことないけど、
「ああ、エイリアンがUFOから降りてきた」って感じの音がわかるアレもそう。

『無音』もまた然り、というお話なのです。

「音を抜いた効果音」って言ったけど知覚する『模型』としてだから、音というか「『波形』を抜いた」だとか、「デジタルなアレで可視化したとしたら揺れが一つもない信号」だとか言うべきなのかも知れません。

無音もまた、効果音。

というようなことが、ノイズによって『在らず』にはおられなくなりこうして『在る』、というわけであります。

春。
サウンドが賑やかです。

コトリ、コトリと。

『バンドやろうぜ』という月刊雑誌があった。

だいたいTAB譜の楽曲解説、毎月大量の機材広告、「当方Vocal、完全プロ志向 全パート募集」なメンバー募集コーナーなどなど、当時中学生のギターキッズを、埼玉のTSUTAYAから夢の世界に一瞬で吹っ飛ばしてくれる雑誌だった。

その増刊号、L’Arc〜en〜Cielのギタリストken氏特集の一冊で、
「Snow Dropのギターを完コピ!」的な巻頭企画だったと記憶している。
ラルクの楽曲『Snow Drop』をイントロ、Aメロ、Bメロ、とパート別の楽譜、指の位置を示した写真で解説。
オリジナルテンポのギター抜きカラオケ、そこからテンポを落としたゆっくりバージョンのギター抜きカラオケ付きCDが付録についていた。
詳しいとお思いか。何度も弾いたんだ。
『ディレイ』という英単語はラルクで覚えた。
弾いた音を遅らせて「やまびこ」にして重ねる加工音としての『ディレイ』から。
これはken氏が当時のギターキッズ達に、否、お茶の間にまでこれでもかというほど聞かせてくれていた。

のちに英単語帳で「delay = 遅れ」と知り、多少の違和感を覚えるほど、ディレイは音だった。
例文は、飛行機のフライトの遅れについてだった。
ディレイとは、ギターの音をキレイに化けさせる、あの音なんだ。文脈が違う。『ディレイ』はポジティブな単語なんだ。

巻末の方であったか、ken氏のインタビューが掲載されていた。
ギターはストラトがカッコイイ、イングヴェイに影響を受けた、とか、今の自分の価値観にも結びついてるお話。
そこで特に印象に残ったのが「ギターの指板には宝物が埋まっている。」という結びのフレーズ。
「誰かが言ってたんだけど、」というような正直な枕付きの一節だったはずである。

当時「なるほど。そうかもしれない。」と曖昧な合点をし、ギターを弾いていた頃から十数年。
唐突にこのフレーズを思い出し「なるほど。そうかもしれない。」とまたも曖昧な合点をしたという訳である。

年を経るも何の進歩も感じられない告白をしているようでもあるが、ひとつ、言い訳を乞うとすれば、このフレーズの『宝物』という言葉に、どうもひっかかりを覚えるのであります。

埋まっているのかは定かではないのですが、弾いているうちに意図せずとも素晴らしい何かが、コトリ、と床に落ちたような感覚は、それなりに経験してまいりました。
「おお、これが例の宝物か。」といった具合に、良い何かが出てくるという点においては昔も今もそこに疑問はなく、だからこそ今になっても何故かわからず頭にふと浮かぶ真理なのではと雑に信仰している証になるのでしょうが、
『宝物』のその後についてであります。

早ければ明けた次の日。

「この音塊は、一体なんだったのだろうか?」

と、顔をしかめざるを得ない瞬間がやってくる経験によって、かさむけた指先でマフラーを触るような感覚を抱くのです。

これは、深夜に書いたラブレターが、翌朝にはもう封筒には決して入らないという実体験で以て、皆様お馴染みの事と存じます。

もちろん、腕の拙い演奏から落ちた一曲と、皆様の純粋なる恋慕から成るお手紙とではお話の勝手がぜんぜん全くこれっぽっちも違ってのこととは承知であります。
ですが言いたいのは、翌朝の

「」

の共通する点です。

これを知ってしまうともういけない。
翌朝はこなかったが、明日は来るかもしれない。
今日の宝物が、来月には? 来年には? もっと残酷にも、さらに長年抱えた後に何の前触れもなく『宝物』が、あの「」に変わってしまうのではないのか?

という疑念の余地を持たせてしまう、という意味で
「宝物が埋まっている。」に確信が持てないまま、それでもなお、探すのはやめずにいるという次第であります。

現時点での宝物は山ほどある。それによって得た宝物もまたたくさんある。人生の豊潤。感謝の連続。宝の山。が、それに対しての怯えも情けないことに同居させてしまっている。『現時点』などという概念が吹き飛ぶほどの恒常的宝物普遍性を実現すべく腕を磨こうという気構えももちろんある。対して「かまわん。違ったのならまた探せ。」と荒ぶる何かもある。

頭が騒がしく、耳鳴りの耐えない日々です。

コトリ、コトリと続けてる。

明日もまた探します。

舌の位置。ピックの角度。

寒い。手が冷たい。もうイベントが始まってから4時間くらい経つのにこの地下の密室は寒い。人、結構入ってるのに。
楽屋はもっと寒い。なんだこの風。どこから来てるんだ。

前の演者、最後の曲。これまで8組。10分押しくらい? 5分で準備すればスケジュール5分押しで始められる。
トイレ。トイレに行っておこう。

手が冷たい。あとベタベタする。冷たい。
ギターケースごとステージに上がる。
マイク、持ち込みです。935。あれ、945だっけ?935。935だ。見てないけど935だったはず。
チューナー。カポ。マイクスタンドに挟む。
ギター。ケーブル。ケースはステージの端に置いておこう。楽屋に置いたらS.H.Eが通れない。
ギター。ケーブル。プラグイン。
チューニング。E、A、D、D、D、合わない。グイッと下げてもう一回、D。よし、G、B、E、もう一回下のE。OK。

サウンドチェック。コードストローク。F# G A B。ストローク。ストローク。
信号行ってない? 音出てない。ブラグ挿し直します。ストローク。ストローク。出ない? 出ない。
機材トラブルですね。ではステージさん、マイクでギターの音拾ってもらっていいですか。
ありがとうございます。あ、そこだと右手振った時にぶつかるかも。
ブリッジ側からマイク狙う、それいいですねPAさん。あ、ブリッジ側ですステージさん。PAさん卓からもう一回言ってるじゃないですか。ちょっとイラッとした空気乗ってる。前からじゃないです。ブリッジ、ココですココ。この方向で。あ、そうそう。横から狙ってもらって、そう。それなら右手がぶつからない。

ストローク。ストローク。
やばい、遠い。いまだかつてない最も小さなギターの音。
いやいや。むしろプラグ側のチェック甘くてすみません。
歌はものすごく小さい音で返してもらって。はい、コレでいきます。
21時4分。セッティング6分巻き? スケジュールから4分押し。
21時24分まで歌える。はじめよう。よろしくお願いします。
いきなり歌い始める感じじゃないな今日な。入間川幸成です。よろしくお願いします。

Cから。あ、手震える。すごい震える。舌の位置。ピックの角度。舌の位置。
歌い出し、歌い出し、『ミ』だ。「水際」の『ミ』。

ああ、遠い。音遠い。ギターの音に包まれない。歌はよく聞こえる。声震える。息が多い。吐いて。もっと吐いてから。
手震える。舌の位置。ピックの角度。舌の位置。

フロア見えない。いや、見える。光が見える。逆光? 前当て?っていうんだっけ。目が泳がないように。視線をとどめるのはあの光にしよう。あ、違う。顎上がる。あっちの光にしよう。舌の位置。ピックの角度。

高音は震えない。スッと。息吸いすぎない。舌の位置。
サビ終わった後の歌い出し、最初の発音。『モ』はっきり。「モノクロ」の『モ』。

ああ、いつもっぽい。いつもっぽくなってる。ギターだけ遠い。マイクに少し寄せる。ぶつからないように。

少し声も遠い? フロアの回り込みの音っぽい。
PAさん、声、やっぱり少しだけ返してください。
二曲目。カポ。2フレット。
ストローク。テンポ少し早い? ゆっくり。まだ手震える。舌の位置。ピックの角度。
あ、聞こえる? ギター聞こえる。
聞こえるようにしてくれたのかな。俺のハートの問題かな。聞こえる。
この曲は。重すぎず。でも軽くもなく。強く歌わない。今日はマイクから少し遠い。舌の位置。
フロア見える。今日、人多い。顎引いて。舌の位置。
聞こえる。どっちも聞こえる。悪くない。ピックの角度。
最後の音はブリッジの端からゆっくり手を当てていく。慌てない。手震えてる。ミュート。OK。

MC。ちょっと声張り気味で。目線は泳いでもいい。あっちの目。こっちの目。
このイベントの趣旨。続けるってすごいよね。あ、なんか偉そうに上から言ったっぽく聞こえた感じの笑いが出た。
違う、尊敬? 敬意を払う? の柔らかい言い方。ないわ。いいわ。
お金の話。義援金。金。結果。人の注目。企画の成長。「生臭いわー。」いいよ。そのガヤ。ちょうど良くなる。ありがとう。俺のお金への執着、リョウスケらへんのガヤ。それで完成する。この話。ありがとう。
カレー。1杯300円。全額義援金へ。今日はカズキがカレーを作るカズキッチン。「名前ダセェ。」いいよ。その辺のガヤ。いつもっぽい。いつもっぽくなってる。笑ってる。悪くない。

「悪くない。」が偉そうにきこえたかしら。「良い。」とは言えない状況、でも「悪い。」も違う。普通? 普通ってなんだ。良いと悪いの間でもない。悪くない。
良い悪いの両端を持つ線上から、少し離れた小さな点がほんのり熱を持ち始めてるような感じ? これなんて言えばいいんだ。わかんね。悪くない。
これまでいつもカレー作ってくれてたオノさんの話もしよう。このライブハウスのファーザー、オノさんあってのカレー義援金システムを初めて来てくれた人にも教えてあげなきゃ。背景とか奥行きがあったほうがたぶん楽しい。カズキが引き継いだっていうストーリーもいい。
4分しゃべった。主催者S.H.Eのヨイショと、この企画の趣旨、義援金システム、言いたいことは言えたかな。忘れてる気もするけど、あと9分しかない。歌おう。

カポ。5フレット。
舌の位置。ピックの角度。舌の位置。歌い出し、『タ』。よし、出た。
歌詞を考えすぎない。それは違う感じになる。重すぎず。軽くなく。舌の位置。ピックの角度。
伸びる。悪くない。ああ、そういえばもう寒くない。
あ、声割れる。ノド、力抜いて。マイクからも離れる。舌の位置。舌の位置。
見える。フロア。目が合う。離れる。合う。離れる。舌の位置。ピックの角度。

最後の曲の前に一言あいさつ。
カポ外す。ストローク、ストローク。ちょっと遅い。早くして、ストローク。
やばい歌い出しなんだっけ。なんだっけ、なんだっけ。
Gストローク、やばい、Aストローク、あと1小節。『カ』だ。「飾り気のない」の『カ』。
低い。声震える。今になって? 舌の位置! ピックの角度!
ストローク強い。力抜いて。声割れる。力、いいか。これはノド鳴らして歌おう。
ギターの音、綺麗に外で鳴ってるかな。今日のPAさんこれまでの出演者8組のアコギの音、全部綺麗に出してたから大丈夫よね。たぶん。大丈夫よね。みんな弾き方違うのにすごいわ。大丈夫でしょう。
終わった。9時24分。ぴったり。やった。「ピッタリ。」言いたい。でも言わない。ありがとうございました。

カレー食べれそうな感じする。

悪くない。ありがとう。

Riverside Creature解散

僕が8年間続けてきたバンド、Riverside Creatureが解散します。
音楽性の違い、というのが理由です。
メンバーそれぞれ、より良い音楽をさらに作り出していけるように最良の方法だと判断し決定しました。

どんなバンドにもいつか必ず解散の日は来るのはわかっていたのですが、
もっと先の、もっと違う形の解散の方が良かったけど、
もうここまででした。

解散の理由は一言で言うと『音楽性の違い』なのですが、
音楽性が違うこと自体はむしろバンドにプラスに作用します。
力強いサウンドで演奏していると良いものが自分の中から湧いてくるような感覚で。

でもそのためにはバンドの中、メンバー全員に『大事な何か』が無いと生まれないんだと思います。
同じ夢だとか、大きな野望とか、バンドそれぞれにあるような感覚的なもので、『ある』『ない』くらいしかわからないような曖昧なものな感じです。
それらにメンバーの磨いた技術とか音楽性をまぜ合わせて、バンドの音はカッコ良くなるんだと思います。それが良かったんです。
そのバンドが持つ『大事な何か』がRiverside Creatureには無くなってしまいました。

解散の理由がこのような感覚なので、
「解散ライブ」のようなイベントはやらないという決定をしました。
多くのバンドがそうしてきたように、本来であればお世話になったみんなの前にちゃんと現れて最後に最高の演奏をするのがバンドの礼儀だと思います。
でもそれは僕にとって絶対にダメなライブだとわかっているので、このバンドの最後のライブはそれにはしたくないという僕のわがままで解散ライブは行いません。
本当にごめんなさい。最後に最大の無礼を許してほしいです。
最後の最高のライブはもう終わってしまいました。

ごめんなさい。
今まで本当にありがとうございました。

会えたらトウモロコシ

夏っぽいことできなかったなぁと思い返して。
いや待てよと。夏野菜は食べた。トウモロコシとか食べたではないかと。
あれは夏の季語的な扱いでしょうきっと。「夏をテーマに一句詠みましょう」なんて国語のテストがあったらきっと部分点入るハズ。

岩手の山奥から関東の平野まで届けられたそれらをモシャモシャしていたら、
確かに夏っぽい感じがしたわ。したわ!
青空に入道雲、蝉の声に濃いめの麦茶。
スカスカの時刻表とガラガラの路線バス。旅だ。
夏野菜の一口から旅をしたわ。もうこれはそういうことだろう。
夏休みの思い出ランキングNo. 1の『旅』ですよ。
日記の宿題が出てたら私は旅についてきっと書くでしょう。
旅に出ずとも書くでしょう。
そして日記の宿題も旅の計画も国語の一句テストも、何一つ無いのに私は旅について書いている。

親しい友人や家族が、旅先にいたり、
彼ら同士が旅先で出会ったりなんて思いを馳せるのも、旅っぽい。
ああ、そっち行くのか。あいつが近くにいるはずだよ、って。
そういうのも旅っぽい。ちゃんと会えたよな。

旅の行く先で会えたかな、とか一緒に何をみたりするんだろう、どんな景色があるんだろう、とか。
不精な俺は行きたいとは思わないけど、行ったら行ったで合流できたら安心するんだろうなとか。

トウモロコシとかあんのかな?みたいな。
この夏の俺の旅の原点だから。トウモロコシ。できればあったほうがいい。
もしあったら俺はトウモロコシ持つ係やりたい。
旅したなーっつってモシャモシャしてるの見たりしたい。
夏っぽいことできなかったなぁ。