作者別: 入間川 幸成

音楽屋。

ウサギとカメの競争が国土縦断レースだったら

ウサギとカメのお話。

ウサギとカメがかけっこで競争しようということになって、ぶっちぎりで圧勝確定だったウサギさんがゴール目前で居眠りこいてカメさんに負けるっていう、あの話。

たとえカメのようなスットロい奴でもコツコツやれば大丈夫だよ。ウサギにも負けない。コツコツ大事。スットロいお前もコツコツ頑張れ。っていう上から目線のアドバイスが下る時に引用されることが多い寓話だね。

勉強の時は先生が、仕事の時は上司が使うとしっくりくるね。

トロい奴同士で「俺らも『ウサギとカメ』みたいに最後は勝つんだぁ」とか励まし合うシチュエーションなんてありえないよね。何くっちゃべってんのもうそれカメさん失格だから。カメ道踏み外してるから。

ウサギさんがゴール目前で眠る謎は「調子こいたバカ」の一点で片付けられるこの寓話。
実は真の教訓があったことに気付きました。

まずかけっこレースの規模について重大な誤解をしていたことが判明しました。
体育の時間で片が付く程度、せいぜい1キロくらいの競争を想像していたんだけど己の想像力の乏しさ、スケールの小ささに気づいて愕然としましたよね。

その重大な欠点を見事に克服し改めてスケールのデカい想像を試みたところこのレース、国土規模でしたね完全に。日本だったら縦断で考えないと真理にたどり着くことは不可能でした。

レースの規模がデカいとどうなるのか?

ウサギもカメも、ちょっと頭狂ってくるよね。

数ヶ月単位でゴールに向かって、ひたすら走り続ける。
どのルートが走りやすいか? 栄養補給や休息はどこで行う? 現状の把握や危険の予測、体調の管理、メンタルダメージ軽減、ゴールにたどり着くための最善策の模索を常に繰り返しながら可能な限り前進していく。
数ヶ月単位だぜ? ノーミスでいけるはずは無いよな。時々選択を誤ったり、不測の事態で大幅なロスが生まれることも起ころう。

こうなるとウサギの方がカメより足が速いとか、もう関係無いんだよね。
ウサギのディフェンス能力ゴミだもの。季節によっては夜地べたで寝たら死ぬよね。たぶんカメも死ぬけど。あとウサギはあれだから。うまいから。見つかると基本食われるよね。

カメはカメでかなり地形選ぶよね。なるべく踏みならされた、なだらかな道を選ばなきゃならない。キツイよね。人目につくところを歩いてたら悪ガキどもにいじめられるしカメって。海沿いの漁師町とかじゃないと助けてもらえないよね。
あとカメはあれだから。滋養に富むから。見つかると基本食われるよね。

もうそういう状況だとそれぞれの個性の長所と短所をうまく状況に合わせながらどうにかしていくしかないからね。個性というか、本性みたいなものが出るよね。やっぱりカメさんは着実に進むだろうし、ウサギさんはマメな休息を多くとるでしょう。というか取らざるを得ないでしょう。あとあいつ性欲ハンパないらしいからそういう『休憩』も頻繁に挟んでるはずだわ。

そんな過酷な日々を毎日送ってたらね、ちょっと頭おかしくなってくるに決まってるんですよ。
「え、これなんか意味あんのかな?」「もう別にどっちが速いとかどうでもよくね?」
から始まって、「意味とか別にいっか」「この草食えるのかな?」になっていって、最終的に「太陽って、すげーよなぁ。太陽。」とかひとりで言い出すようになってる。

めちゃくちゃ気分がハイになってどこまでも飛んでいけるような気持ちになったり、「今日めっちゃ晴れてたのに1キロしか進んでないわ…」ってものすごく落ち込む日も、それを取り戻そうと空回ってフテ寝する日も何度も経験する。

ズルしてなんとかならんかなって何度も考えるけど結局シンプルに進むのが一番心が落ち着く、なんていう発見も、何故か何度もしたりする。

それを見たことも無いゴールまで。

そんな長距離レースの日々の先。
ゴールが見える場所まで辿り着いたウサギさんはどう思うか?

「なんか寂しくない?」

コレですよ。

自分の持って生まれた個性をいかに有利に使って状況を切り開いていくか、こんなに思考を巡らせて行動に移して失敗も成功も試行錯誤の連続で埋もれさせてきたこの長い期間。

「俺、めちゃくちゃ輝いてたんじゃね?」

「終わるの?」

次、何で輝けるの? また充実した日々は始まるの? え、でもあの苦痛はナシでこの気分だけ味わいたい。無理だけど。無理だけど苦痛ナシの充実感が欲しい!

ゴールしたら、終わっちゃう。
あとたった数メートルでこの「俺頑張った!俺最高!」みたいな快感が消えて、新しいそれを得る必要条件『ショットガン持った猟師、マジしつこい』をやり過ごしていかなきゃならないなんて!

……。

まだ終わりたくない。

そうだ、カメ来るまでこのいい感じの気持ちをココでキープしといて、ギリギリまで幸せな気分で最後にカメに勝って終わればいいんだ。
そうだよ、今ゴールしたらカメが来るまでの時間分、損してるわ俺。ギリギリまでココで眠ろう。最後の方テンション上がってて全然休んでなかったし。むしろ必然。必然的居眠り。眠ろう! おやすみ!

コレですよ。

カメさんもね、全部わかってたんですよ。
ゴールのすぐ手前でウサギさんが眠ってることを。
勝ち負けよりも大切な何かをお互い掴み取った連体感も心地よく、
しばらくウサギさんの寝顔を優しい微笑みで眺めて、

「まぁ、勝つんですけどね。」

つってゴールテープの向こう側から石投げてウサギ起こすワケです。

ウサギさんキョトンです。

よって、このお話の教訓は「なんか寂しくない?」です。

以上となります。

タワーマンションのおっさんと六畳間のおっさんの隔たりを超越した普遍的ピュアネス

木目に濃い色の3点を見出して「笑った人の顔だ」とか。

雲の形から動物を想起したり。

眼鏡を外して部屋まで歩いてると、まさかと二度見して足元の小さな影だったと気付いたり。

曖昧な情報、「影だ」と認識する直前の一瞬だとか。

「木目だ」とか「雲だ」とわかりきってるけど、ふと意識が緩んだ時に滑り込んでくる「そこにあるはずの無い何か、もしくは誰か」

と結びつける、知覚の歪みというか、いわゆる『連想』のファーストステップ的な何か。

脳なのかハートなのか、原因となる場所はよくわからないけど、
その時の発想は、なかなかに人懐こいというか、寂しがりというか、時々怖がりだったりもして妙な感慨を覚えたり。

これが壁のシミを眺めていて「おお、札束が舞うように見える」だとか「豊満な女体の秘部のようだ」とかばかり頭に浮かんで連想の起点としていたとしたら、それは何の意外性も無く「性だな」の一言で済む話だけど、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と昔から言うように、ああいう時に頭に浮かぶのは、いくらか人としてはピュアな想像なのではなかろうかと思う。

そしてそれは結構案外普遍的なもので、タワーマンションの上の方で何やら高い洋酒を飲んでるおっさんと、地方都市の外れの六畳間で発泡酒を飲んでるおっさんの隔たりをも超越した共通点として、さらにはおっさんを超えて皆に通じると思わしめるに至るピュアな感覚なのです。

この「曖昧な情報に馴染みの何かを投影するピュアネス」の恩恵を、サウンドを作る人間は特に多分に受けているのではなかろうか、と思った次第です。
鳥の鳴き声が聞こえたら「鳥がいるな」だけど、
鳥の鳴き声のようだけど、ちょっと違う音だった場合、それは未知なテクノロジー計器の音として受け入れられたり、恐怖を象徴するテクスチャーとして扱われたりする。

映像や前後の文脈に集中している時、音に対しては意識が緩む時に特にそれは顕著で「ピュイーン」とか「チュイーン」みたいな人工的で抽象的な音が、ヒューマニティ的な、なんというか体温の通った感動的な情景の象徴になってしまう、みたいな可能性があるわけです。

効果音に限った話ではなくて、静かに鳴り始めた弦の重奏でいきなり晴れた空と乾いた空気がぶつかってきてこれまでの苦労が報われた主人公の気持ちがわかっちゃったような気分になって危うく泣きそうになったりする。『October Sky』危なかったもの。

作曲家やサウンドデザイナーたちは人が持つ『人々の隔たりを超越した普遍的ピュアネス』の力を借りてその流れを少し彼方に向けたり、此方に向けたり、といった具合に力を発揮しているのでしょう。
サウンドに限った話ではないけれど、一級、一流の人たちは、それをたくさんの人の中で実現して「ここに連れて来たいな」という場所まで、様々な技巧と勘でその作品に触れる人を招こうと本気を出す。「全米が泣いた!」とか言うしな。全米泣かすのは本当に大変なことだろうな。
言ってみれば、共通点をあまり持たない隔たった人々を、元来のピュアネスで繋げてしまっているというわけなのです。
素晴らしい映画をみた後は、それをみたの人の顔も見てみたい。劇場ならそういうのも見られるね。

タワーマンションのおっさんと六畳間のおっさん、秀逸な一曲。
この3点を見出して「笑った人の顔だ」とか。

無音もまた、効果音。

春。

外に出たら新たに目に入る花が多い。
外に出なくても画像サイズで咲いた花をよく見かけるものです。
人が多い場所に行けば、新しい制服とか、そういう、人の何かを見かけたりもするのでしょう。みたい。

春は音も、耳に新たになって面白い。
葉をつけた木の間を風が通る音だとか、
発情した猫の鳴き声だとか、
新年度に際して工場に持ち込まれた業務車の整備音だとか。

聞こえなかった音が増えてきたような感覚が、
すぐさま響く「季節の変化によって注意が外に向いただけ。音は常にそこにある。」とかいう打ち消しのひと声と共にやってくる。
音が増えたのは、春だからかという話で言ったらどちらにせよ、賑やかである。

春。新生活。
居を新たにする方もいることと思う。

春の賑やかさで包み込まれて気付きづらい騒音、隣人は持ってはいまいか。
静かで穏やかな環境は、
何も聞こえない場所じゃなくて、心地よい音が聞こえる場所だ。

廊下を歩くあの女の足音は毎朝気になるけど、彼の足音は好き、というようなものがあるじゃあないか。

ノイズ。

調音や録音に際して気になるのはノイズである。
ノイズのせいで聞こえなくなるものやみえなくなるものがある。
『在る』モノを隠すのがノイズだ。
たとえば、『在るはずの穏やかな生活』とかを。

そしてそれと同時に『在らず』モノをきかせたりみせたりするのもノイズである。
たとえば、『憤り』とかな。

冗談のように聞こえましょうが、
騒音トラブルで警察沙汰、なんていうのは結構耳にしませんか。そんなノイズ。

てな具合にノイズは通常、避けられるべきものであります。
サウンドが身近な人間は近くの人間への後ろめたさも相まって、ノイズに多少敏感なものです。
それらの処理に大半の時間を費やす人間が、今日もどこかで手を動かし目を乾かし耳を澄ませている。

隣人の奇声、改造車のエンジン音、隣に座った誰かの鼻息、
自ら開いたはずのタイムラインでの一言。
ハートが喜ばない何かはだいたいノイズに分類して間違い無い。

そして強まる『防音』への憧れ。

消せないノイズも世の中にはあるから、『防音』というのは良い言葉だと思う。
迎え撃つよりも身を守るような、正直で謙虚なアティテュードを感じる。

とはいえ防ぐのにも限界はあるから、
『消さない処理』も使わねばなりません。音楽屋なら尚更。
という考えで、
「望んでいるのは、音が無いことなのか?」
という疑問が『在る』ようになった。ノイズによって。

無音。

でも知ってる。
ありえないんだ。無音。
聴覚が無くなったら無音か?
いやたぶんきこえる。きこえてたものが。きこえない感覚でもって。きこえないきこえない、ってきこえる。

聴覚がもともと無かったら無音か。
『有音』との境が切れないから思い浮かべる『あの無音』はありえない。

ありえない。無音。

静かな場所に行っても必ず聞こえる。
普段気付かなかったのかな、いつも鳴ってたような耳鳴り。
髪が耳に触れる音だってする。
首を傾けた時の「シャリ」っていう音も。
息が鼻を通る音と喉を通る音の違いや、鼓動や血流の音も。
『衣摺れ』というのは、そういう騒がしい静寂とエッチな状況に使う以外で用途はあるのか。

だから『無音』というのは、ありえないからそれは『模型』として
「無音ということにしている」という音を抜いた効果音、サウンドエフェクト、SEである。

まるで映画で人が人を殴る時に鳴る音のように。
実際は殴った人が聞く音と、殴られた人が聞く音、そしてそれを見ている人に聞こえる音は全て違うけど、
それら全てがいい感じにカメラの位置だとかシーンにそぐわしく、感覚に訴えるバランスで

「あっちのマッチョが、こっちのマッチョを殴った。血が出るくらいの強さで。」

というのがすぐにわかる効果音1つとして、ああいう音が鳴るというわけである。

エイリアンがUFOから降りてきた時の音なんて聞いたことないけど、
「ああ、エイリアンがUFOから降りてきた」って感じの音がわかるアレもそう。

『無音』もまた然り、というお話なのです。

「音を抜いた効果音」って言ったけど知覚する『模型』としてだから、音というか「『波形』を抜いた」だとか、「デジタルなアレで可視化したとしたら揺れが一つもない信号」だとか言うべきなのかも知れません。

無音もまた、効果音。

というようなことが、ノイズによって『在らず』にはおられなくなりこうして『在る』、というわけであります。

春。
サウンドが賑やかです。

コトリ、コトリと。

『バンドやろうぜ』という月刊雑誌があった。

だいたいTAB譜の楽曲解説、毎月大量の機材広告、「当方Vocal、完全プロ志向 全パート募集」なメンバー募集コーナーなどなど、当時中学生のギターキッズを、埼玉のTSUTAYAから夢の世界に一瞬で吹っ飛ばしてくれる雑誌だった。

その増刊号、L’Arc〜en〜Cielのギタリストken氏特集の一冊で、
「Snow Dropのギターを完コピ!」的な巻頭企画だったと記憶している。
ラルクの楽曲『Snow Drop』をイントロ、Aメロ、Bメロ、とパート別の楽譜、指の位置を示した写真で解説。
オリジナルテンポのギター抜きカラオケ、そこからテンポを落としたゆっくりバージョンのギター抜きカラオケ付きCDが付録についていた。
詳しいとお思いか。何度も弾いたんだ。
『ディレイ』という英単語はラルクで覚えた。
弾いた音を遅らせて「やまびこ」にして重ねる加工音としての『ディレイ』から。
これはken氏が当時のギターキッズ達に、否、お茶の間にまでこれでもかというほど聞かせてくれていた。

のちに英単語帳で「delay = 遅れ」と知り、多少の違和感を覚えるほど、ディレイは音だった。
例文は、飛行機のフライトの遅れについてだった。
ディレイとは、ギターの音をキレイに化けさせる、あの音なんだ。文脈が違う。『ディレイ』はポジティブな単語なんだ。

巻末の方であったか、ken氏のインタビューが掲載されていた。
ギターはストラトがカッコイイ、イングヴェイに影響を受けた、とか、今の自分の価値観にも結びついてるお話。
そこで特に印象に残ったのが「ギターの指板には宝物が埋まっている。」という結びのフレーズ。
「誰かが言ってたんだけど、」というような正直な枕付きの一節だったはずである。

当時「なるほど。そうかもしれない。」と曖昧な合点をし、ギターを弾いていた頃から十数年。
唐突にこのフレーズを思い出し「なるほど。そうかもしれない。」とまたも曖昧な合点をしたという訳である。

年を経るも何の進歩も感じられない告白をしているようでもあるが、ひとつ、言い訳を乞うとすれば、このフレーズの『宝物』という言葉に、どうもひっかかりを覚えるのであります。

埋まっているのかは定かではないのですが、弾いているうちに意図せずとも素晴らしい何かが、コトリ、と床に落ちたような感覚は、それなりに経験してまいりました。
「おお、これが例の宝物か。」といった具合に、良い何かが出てくるという点においては昔も今もそこに疑問はなく、だからこそ今になっても何故かわからず頭にふと浮かぶ真理なのではと雑に信仰している証になるのでしょうが、
『宝物』のその後についてであります。

早ければ明けた次の日。

「この音塊は、一体なんだったのだろうか?」

と、顔をしかめざるを得ない瞬間がやってくる経験によって、かさむけた指先でマフラーを触るような感覚を抱くのです。

これは、深夜に書いたラブレターが、翌朝にはもう封筒には決して入らないという実体験で以て、皆様お馴染みの事と存じます。

もちろん、腕の拙い演奏から落ちた一曲と、皆様の純粋なる恋慕から成るお手紙とではお話の勝手がぜんぜん全くこれっぽっちも違ってのこととは承知であります。
ですが言いたいのは、翌朝の

「」

の共通する点です。

これを知ってしまうともういけない。
翌朝はこなかったが、明日は来るかもしれない。
今日の宝物が、来月には? 来年には? もっと残酷にも、さらに長年抱えた後に何の前触れもなく『宝物』が、あの「」に変わってしまうのではないのか?

という疑念の余地を持たせてしまう、という意味で
「宝物が埋まっている。」に確信が持てないまま、それでもなお、探すのはやめずにいるという次第であります。

現時点での宝物は山ほどある。それによって得た宝物もまたたくさんある。人生の豊潤。感謝の連続。宝の山。が、それに対しての怯えも情けないことに同居させてしまっている。『現時点』などという概念が吹き飛ぶほどの恒常的宝物普遍性を実現すべく腕を磨こうという気構えももちろんある。対して「かまわん。違ったのならまた探せ。」と荒ぶる何かもある。

頭が騒がしく、耳鳴りの耐えない日々です。

コトリ、コトリと続けてる。

明日もまた探します。

舌の位置。ピックの角度。

寒い。手が冷たい。もうイベントが始まってから4時間くらい経つのにこの地下の密室は寒い。人、結構入ってるのに。
楽屋はもっと寒い。なんだこの風。どこから来てるんだ。

前の演者、最後の曲。これまで8組。10分押しくらい? 5分で準備すればスケジュール5分押しで始められる。
トイレ。トイレに行っておこう。

手が冷たい。あとベタベタする。冷たい。
ギターケースごとステージに上がる。
マイク、持ち込みです。935。あれ、945だっけ?935。935だ。見てないけど935だったはず。
チューナー。カポ。マイクスタンドに挟む。
ギター。ケーブル。ケースはステージの端に置いておこう。楽屋に置いたらS.H.Eが通れない。
ギター。ケーブル。プラグイン。
チューニング。E、A、D、D、D、合わない。グイッと下げてもう一回、D。よし、G、B、E、もう一回下のE。OK。

サウンドチェック。コードストローク。F# G A B。ストローク。ストローク。
信号行ってない? 音出てない。ブラグ挿し直します。ストローク。ストローク。出ない? 出ない。
機材トラブルですね。ではステージさん、マイクでギターの音拾ってもらっていいですか。
ありがとうございます。あ、そこだと右手振った時にぶつかるかも。
ブリッジ側からマイク狙う、それいいですねPAさん。あ、ブリッジ側ですステージさん。PAさん卓からもう一回言ってるじゃないですか。ちょっとイラッとした空気乗ってる。前からじゃないです。ブリッジ、ココですココ。この方向で。あ、そうそう。横から狙ってもらって、そう。それなら右手がぶつからない。

ストローク。ストローク。
やばい、遠い。いまだかつてない最も小さなギターの音。
いやいや。むしろプラグ側のチェック甘くてすみません。
歌はものすごく小さい音で返してもらって。はい、コレでいきます。
21時4分。セッティング6分巻き? スケジュールから4分押し。
21時24分まで歌える。はじめよう。よろしくお願いします。
いきなり歌い始める感じじゃないな今日な。入間川幸成です。よろしくお願いします。

Cから。あ、手震える。すごい震える。舌の位置。ピックの角度。舌の位置。
歌い出し、歌い出し、『ミ』だ。「水際」の『ミ』。

ああ、遠い。音遠い。ギターの音に包まれない。歌はよく聞こえる。声震える。息が多い。吐いて。もっと吐いてから。
手震える。舌の位置。ピックの角度。舌の位置。

フロア見えない。いや、見える。光が見える。逆光? 前当て?っていうんだっけ。目が泳がないように。視線をとどめるのはあの光にしよう。あ、違う。顎上がる。あっちの光にしよう。舌の位置。ピックの角度。

高音は震えない。スッと。息吸いすぎない。舌の位置。
サビ終わった後の歌い出し、最初の発音。『モ』はっきり。「モノクロ」の『モ』。

ああ、いつもっぽい。いつもっぽくなってる。ギターだけ遠い。マイクに少し寄せる。ぶつからないように。

少し声も遠い? フロアの回り込みの音っぽい。
PAさん、声、やっぱり少しだけ返してください。
二曲目。カポ。2フレット。
ストローク。テンポ少し早い? ゆっくり。まだ手震える。舌の位置。ピックの角度。
あ、聞こえる? ギター聞こえる。
聞こえるようにしてくれたのかな。俺のハートの問題かな。聞こえる。
この曲は。重すぎず。でも軽くもなく。強く歌わない。今日はマイクから少し遠い。舌の位置。
フロア見える。今日、人多い。顎引いて。舌の位置。
聞こえる。どっちも聞こえる。悪くない。ピックの角度。
最後の音はブリッジの端からゆっくり手を当てていく。慌てない。手震えてる。ミュート。OK。

MC。ちょっと声張り気味で。目線は泳いでもいい。あっちの目。こっちの目。
このイベントの趣旨。続けるってすごいよね。あ、なんか偉そうに上から言ったっぽく聞こえた感じの笑いが出た。
違う、尊敬? 敬意を払う? の柔らかい言い方。ないわ。いいわ。
お金の話。義援金。金。結果。人の注目。企画の成長。「生臭いわー。」いいよ。そのガヤ。ちょうど良くなる。ありがとう。俺のお金への執着、リョウスケらへんのガヤ。それで完成する。この話。ありがとう。
カレー。1杯300円。全額義援金へ。今日はカズキがカレーを作るカズキッチン。「名前ダセェ。」いいよ。その辺のガヤ。いつもっぽい。いつもっぽくなってる。笑ってる。悪くない。

「悪くない。」が偉そうにきこえたかしら。「良い。」とは言えない状況、でも「悪い。」も違う。普通? 普通ってなんだ。良いと悪いの間でもない。悪くない。
良い悪いの両端を持つ線上から、少し離れた小さな点がほんのり熱を持ち始めてるような感じ? これなんて言えばいいんだ。わかんね。悪くない。
これまでいつもカレー作ってくれてたオノさんの話もしよう。このライブハウスのファーザー、オノさんあってのカレー義援金システムを初めて来てくれた人にも教えてあげなきゃ。背景とか奥行きがあったほうがたぶん楽しい。カズキが引き継いだっていうストーリーもいい。
4分しゃべった。主催者S.H.Eのヨイショと、この企画の趣旨、義援金システム、言いたいことは言えたかな。忘れてる気もするけど、あと9分しかない。歌おう。

カポ。5フレット。
舌の位置。ピックの角度。舌の位置。歌い出し、『タ』。よし、出た。
歌詞を考えすぎない。それは違う感じになる。重すぎず。軽くなく。舌の位置。ピックの角度。
伸びる。悪くない。ああ、そういえばもう寒くない。
あ、声割れる。ノド、力抜いて。マイクからも離れる。舌の位置。舌の位置。
見える。フロア。目が合う。離れる。合う。離れる。舌の位置。ピックの角度。

最後の曲の前に一言あいさつ。
カポ外す。ストローク、ストローク。ちょっと遅い。早くして、ストローク。
やばい歌い出しなんだっけ。なんだっけ、なんだっけ。
Gストローク、やばい、Aストローク、あと1小節。『カ』だ。「飾り気のない」の『カ』。
低い。声震える。今になって? 舌の位置! ピックの角度!
ストローク強い。力抜いて。声割れる。力、いいか。これはノド鳴らして歌おう。
ギターの音、綺麗に外で鳴ってるかな。今日のPAさんこれまでの出演者8組のアコギの音、全部綺麗に出してたから大丈夫よね。たぶん。大丈夫よね。みんな弾き方違うのにすごいわ。大丈夫でしょう。
終わった。9時24分。ぴったり。やった。「ピッタリ。」言いたい。でも言わない。ありがとうございました。

カレー食べれそうな感じする。

悪くない。ありがとう。