ステージからピックを投げたらさむい事になるバンドマンの割合。

ライブで最後の曲が終わった後に。
ステージの照明を反射した小さな放物線の先にちょっとした歓声と、それを包囲するやや広めの緊張感。
ライブで生まれた一体感に波紋を落とすそのパフォーマンス。
そう、ピック投げです。

ピック(pick)は、ギターなど撥弦楽器を演奏するための道具。爪、プレクトラム(plectrum)ともいう。
(−wikipediaより抜粋)

プレクトラムって名前もあるんだと初めて知りました。
日々勉強ですね。

ギター弾く人間なら誰もが憧れるのがこのピック投げです。
ギターを始める動機ナンバーワンが『モテたい』である以上、
美しいアルペジオも、流麗なフィンガリングも、ピック投げの魅力には敵いません。

ステージの上からクールにピックを投げたら「キャー!!」な歓声。
ノールックで舞台ソデにはける。コレです。

ギターを始めた少年たちが本当に出したい音は、この「キャー!!」です。

私もギターを弾く人間の端くれですので、このピック投げへの憧れは常に抱いて生きてきました。
弾きたい。投げたい。キャー出したい。そんな煩悩を胸に研鑽の日々を過ごしてまいりました。

もしも私がベーシストとしてステージに立ったら、
きっとピックを持ってベースを弾くことでしょう。
『指弾きによるポジショニングや右手の指先の動きに見惚れる女の子が多い』
『指弾きでなければ得られないトーンがある』
などというのは百も承知の上でです。
それらと引き換えに狙わなければならない音が、私にはあるのです。

指弾きの先に注がれる熱い視線などよりピック投げに沸く歓声。
終演後の密かなLINE交換より打ち上げの一気飲み。
そういう愚直なキッズ願望にこそ、ステージの女神は微笑みかけてくれるのです。

だってそうじゃありませんか。
30分やそこらのライブハウスのステージで。
あのマイクスタンドに付けたピック並べてくっつけとくアレ、あんなにピック使うわけないじゃないですか。
もうアレなんか僕からしたら「ステージの女神様、微笑みかけてください。」っていうお守りアピールですよ。
「僕、ピック投げで『キャー!!』ほしいです。」の意思表明ですよ。

そんな大いなる憧れと、もはや信仰に近い思い入れが『ピック投げ』につきまとっているわけなんですよ。

そうなるにはちゃんと理由があってですね。

憧れのままに投げると、ものすごく、理想と現実との差に打ちのめされるからなんです。

僕、ピック投げの「キャー!!」って、生で目撃したのって数回くらいしかないんです。
あとは全部ディスプレイの向こうの世界。

目の前で行われるピック投げってこう、まばらなフロアにポトっと落ちたのを、
ステージの真ん前にいるそこのバンドメンバーの彼女っぽい人がそっと拾って取り巻きっぽい女の子と微笑み合う、それを後ろから対バンとかその関係者が生暖かく気恥ずかしげにチラ見するみたいなちょっとした哀愁が漂うものなんですよ。

もう全然ダメです。僕らはそんなののためにジャンプの裏表紙の通販ギターセットにお小遣いをつぎ込んだんじゃありません。

そんなのはステージの上なんかでやるもんじゃありません。

お前がこの街を出て行くって聞いて初めて自分の気持ちに気付いたんだけど今までずっと一緒にいたのに離れ離れになるってわかるまでお前が好きなんだって事に気付かないくらいバカで感謝の言葉も口にしない自分も見えないくらい今までわがままな俺だったけどずっと一緒にいてくれたお前みたいな奴にありがとうも言えずにケンカ別れする自分のバカさ加減にいてもたってもいられなくて謝りたいとかありがとうって言いたいとか全部俺の都合じゃねーかってのはわかっちゃいるけどそういうのとかどうでもいいくらいにお前に会いたくてずっと走ってきて息も切れ切れの俺をいつもみたいな優しい笑顔で見下ろしながらお前は何か俺の持ち物が欲しいなんて言って俺は何も持たずに家を飛び出してきたもんだからポケットをまさぐってもいつも使ってるボロボロのピックしかなかったけどそれを手にしたあいつは本当に嬉しそうに笑って電車に乗り込ん

みたいな渡し方のためにとっておくべきなのです。

『ピック投げ』とは、人気と実力を兼ね備えたプレイヤーがオーディエンスを興奮のるつぼに叩き込みステージを後にするその刹那にこそ成功する超高難易度な必殺技なのです。伴奏やソロの比ではありません。

地下のステージでその瞬間を追い求め技を磨き合う僕らは、おとなしくポッケにとっておきの一枚を忍ばせておくものなのです。
紳士が常にポッケにハンカチを携帯しておくように。

9割くらいかな。