カテゴリー: むかし話

これまでの人生で思い出せる8月13日。思えばそれは14年前の一日だけ。

『特別な日』というのは君にもあるだろうか。あるだろう。
こんな質問はイエスを期待してするものだからね。あるだろう。

誕生日や記念日など、忘れらない日であったり、
「忘れたらマズイよなぁ」な日であったり。
あるいは忘れていたのに急にふと思い出す日も特別な日と呼んで差し支えないだろうね。

生まれてから今に至るまで過ごした日の数で言ったら、そうやって意識に上る日というのはもはやスペシャル。

8月13日。

16歳の時に初めてライブハウスのステージに立ったのがこの日でした。

なんで覚えているのか?

必死で友達を呼んだからだ。
「8月13日にライブやるんだ!」
って。

『出演者募集!』のチラシを震える手で掴み初めてライブハウスに電話をして。
「あの、出演者募集のチラシをみました!」から、
『チケットノルマ』というシステムを覚え「はい、では30人はお客さんを呼んでくださいね。」というような事を言われたんでしょう。
確かチケットを手に校内を歩き回っていました。
軽音楽部の友達が手伝ってくれて。

あの頃も加治がベースを弾いていたなぁ。
『Shot Gun Shot』っていうMR.BIGの歌詞に出てくる下ネタが気に入ってそれを名前に付けたバンド。

それまでは高校の講堂や、広めのスタジオ貸し切りでライブをしていたのだけど、初めてライブハウスに出演する、というのがこの日でした。

北浦和エアーズ。

気になって調べてみたら、僕らが初めて出演した『夏の陣』というイベント、まだエアーズで開催されていました。

懐かしさを少し持ち帰らせてもらって、そっとタブを閉じました。

確か僕らが初めてライブハウスのステージに立つ14年前の夏のこの日は、小泉首相(当時)が靖国神社の公式参拝をするとかしないとかでモメていて、結局終戦記念日ではなくこの8月13日に参拝し、それはそれで騒がれていた記憶があります。

日本の総理大臣が靖国神社に公式参拝する事の意味とは!というような事を大声で主張する人がいて、それを学校で先生も言っていました。

だからなんだという話でもないのですが、
『8月13日』という数字の並びを見ると、
当時持ち歩いていたチケットの印字のせいか、
口頭で何度も口にしたせいか、
またはカレンダーを睨みつけながら速弾きの練習に勤しんだせいか、そこはもう記憶が定かではないのですがとにかくその日の事を思い出すのです。

今日も僕はスタジオでギターを弾いてきました。

そんな8月13日でした。

いくらでもつくるよ記念日なんて。

4月2日は、個人的に節目扱いしている日。
初めてステージの上でギターを弾きながら歌った日で。
4年前の4月2日。確か金曜日だったかな。
バイト早上がりして、池袋に向かって。
居酒屋が並んで、夕方からは前髪の長い呼び込みのニーチャンがウロウロしてる、西口の賑やかな通り。
いつも生ゴミと小便が混ざったような臭いがしてて、タヌキみたいなデカいネズミがビルの隙き間を走ってるようなエリアにあるライブハウス。
最近、写真やら音源の整理をしてて、
その日のライブを記録したファイルが見付かってさ。
思いっきり音外してましたね。
楽しそうに。
嬉しかったんですね。

こんな感じの。
このバンドを組む少し前。
学校もあんまり行かなくなって、
外に出ないとそれはそれでさみしいけど、
かといって、用も無いのに急に会いたいと言える人との関係もちゃんと築いていた訳でもなく。
部屋でブログを書き、曲をつくり、誰にという訳でもなくインターネットの海に投げ続けていたのですね。
「ひきこもりって太ると思ってたけど、痩せていくんだー。それでいて体も心も軽くならないなあ。」
っていう無駄な知識を得たのもこの頃です。
それはそれで楽しかったし、たぶん今やってる事の原型もそこらへんにあるんだけど。
ネットを通じたどこかの誰かからの「きいたよ。」っていう反応は、声がきこえなくても嬉しくて続けてた。
会ったコトはないけど他人とは呼びたくないくらい、外では話さない事を共有する人達から少しずつ反応をもらって。
それを受け取ってしまっておいてしばらくおいたら自信みたいな何かに形を変えてて。
「もっと曲つくりたい!!」とか調子に乗り始めてサラリーマン行き特急列車の切符を返上して本格的に社会的アウト君になって。
そんな頃に、幼馴染Tから「近所で飲まねえかい。」という誘いを受け。
情けない近況報告をした時に、
「バンドやろうぜ。」と。
まぁその時の話の大半は「いや、あいつらは付き合わずに突き合ってるだけらしいよ。」とか地元のしょーもない近況だったんですけどね。
Tが当時知ったという『タンポンハイ』とかいう頭おかしい飲み物の話で盛り上がったのも今は懐かしい思い出です。
それからTの周りでメンバーが集まり、
スタジオに入って、
曲がスタジオで生楽器によって演奏されるっていう、今となっちゃ当たり前な出来事に感動してこの時期の私はスタジオでとてもはしゃいでいたりして。
これまで部屋でしか鳴ることのなかった曲が、今四人で生楽器の音で鳴ってる!!って。
そのバンドで初めて立ったステージ。
Riverside Creatureの初ステージ。
四年前の今日がそんな日。
俺にとっての節目扱いの日。
ライブとかやる前は、
最初はひとりしかきく人いなくて。
でも「俺以外の人にきいてもらいたい。できれば恥をかかずに済む感じで。」
っていう情けない自己顕示欲は抑えられずに部屋から発信を始めて。
一緒に演奏したり曲を育てていく仲間ができて。
仲間ができたよって言ったら「ライブやりなよ。」って近くて遠い人達からの言葉ももらって。
外で活動したらきいてくれる人が増えた。
わざわざ時間をつくってききに来てくれる人達に向かって音が出せるようになって。
5年目の今年、
ライブハウスの開演から終演まで、まるまる俺達の曲を直接届ける念願の一日を迎えにいける我々になれたよ。
単独公演。やるよ。
空気に触れる事がないままつくり続けてた頃を思うと、
単独でライブ公演のステージに立つコトはなんとも誇らしい。

「ある怪物が、」っていう書き出しのお話を語る様な。
それでいて、ワンマンライブっていうか僕らクリーチャーなのでワンクリーチャーライブですよ的な。
池袋のライブハウスでふりかざした喜びに近い何かはまだある。
そういう、春っぽい喜びが始まった節目のお話。

黒歴史をターンオーバー。S.H.Eを召喚してターンエンド。

高校生の頃。
バンドを組んでた。
ドラム、ベース、ギター、ギター、ボーカルの5人のバンド。
俺はギター。
バンド名は『Dual』
毎日ギターを弾いてて、
ギターだけ弾いてる生活だったらイイなって思ってた。
今振り返ってみるとそれはほとんど実現してたのに、
当時はそんなコトに気付かずに若干の不満を抱えつつ高校生やってた。
宿題めんどくせえ。
昼休みめんどくせえ。って。
高校では軽音楽部に入ってて、
学内ライブという名の発表会や、
文化祭でバンド演奏をしてたんだけど、
それは当時高校生の間で流行ってた、
ハイスタとか、モンパチとか、
ゴイステとかのコピーバンドで。
それとは別に、
学外でオリジナル曲を演奏するバンドに入った。
どういう経緯かは忘れたけど、
学外でやるライブに行った時にそのバンド、Dualを見てて。
ステージの上の高校生4人と、
あとボーカルは何故か大学生の人だった。
遠目に見てレゴブロックのあのプラスチック人形みたいな顔してる浅黒い大学生。
父親の高級車を乗り回してる、よくいる大学生。
その時は大人の人が混じってる、
っていう違和感がハンパなかったのを覚えてる。
今俺が大学生に混じったら違和感を感じるのはきっと彼らの方だけど。
そのライブ見ててさ、
すごい悔しくなって。
その時、
俺も学外でオリジナル曲を演奏するバンドをやっててさ。
『Shot Gun Shot』
っていうバンド。カッコイイ名前でしょ。ロケンローみたいだね。
中学生の時に5人で結成して、
色々メンバーチェンジを繰り返して最後はドラムと三人になったんだったと思う。
そう、その色々なメンバーチェンジで、
最初に加治君がギターで入ったんだ。
加治君、当時フライングV弾いてたんだよ。
それでベーシストが抜けて、
加治君がベースを弾くようになって。
俺は不動のギタリスト。
そのShot Gun Shot。
やってたんだよ。
その繋がりだったのかな。
学外のライブ観に行ったの。
目の前で見た大学生を含む高校生バンドのライブを見て、
「カッコイイな」
って思って。
それが俺の中で度を超えてたんだと思う。
悔しくなってて。
Dualのリーダー、
同じ高校の軽音部の同学年の奴で。
見た目も目立つし、
そんなカッコイイバンドやってるし、
そうだ、その時のライブ、小さい会場だったけど満員だったんだ。
知らない高校の生徒とかもいてさ。
つまりアレだ。
所謂『学校の人気者』ってやつだ。
更に学校から出ても人気者。
同じ学校で、同じ部活で同じ学年で。
あいつはアレで、
俺は。
そこら辺の不満を、
加治君に何度も何度も話してたと思う。
「あいつさ、軽音部ではさ、」
みたいな感じで、彼の話を中心に。
それを彼はどんな気持ちでその話をきいてたのか、
当時は考える脳みそが無くて、
今は思い出す記憶が無いからわからないけど、
しばらく経ってその人気者から、
「ウチでギター弾かない?」
って言われたんだ。
嬉しかったよね。
「いいのかい?」
みたいな事を返した気がする。
今の俺がその場にいたら、
学ランの俺に言うハズだ。
「いいのかい?Shot Gun Shot。」
って。
その時は両方のバンドを併行していくっていう結論で、
加入したんだ。
Dual。
今思い返してもドラムのレベルが桁外れに高くて。
っていうかこないだ当時の音源聞き返したんだけど。
俺に声を掛けてくれた人気者の彼はベーシスト。
これまた学内でよく話題に登るプレイヤーで。
結構ライブ、学外でやっていくようになって。
元々活発じゃなかったShot Gun Shotは結局自然消滅しちゃった。
加治君は高校でベーシストとして活躍してた。
Dualは、最初のうちは大学生のボーカルのレゴが、
色々リードしてて。
ライブハウスのブッキングをやってる人らしく、
Dualのライブスケジュールとかもレゴが話持って来てた。
何かある度に俺だけ、
「だからおめぇはモテねーんだよ。」
ってレゴに言われてたな。
『こうしたらモテる』
じゃなくて
『だからお前はモテない』
っていう話がやけにあるなーって思ってたけど。
俺の特徴を挙げていくだけだから簡単だよな。
事実モテてない俺は反論できないんだから。
「スマート読め。スマート。」
「スマート?何それ。」
「うわ、だからおめぇはモテねーの。」
みたいな。
メールのテンションが低いだとか、
絵文字顔文字使わないのがダメだとか、
他にも色々。ほとんど忘れちゃったけど。
レゴの助言(?)を機に初めてファッション雑誌という物を手に取った。
そう、アレ。smart。メンズのファッション雑誌。
Dualはスピードメタル系のハードなサウンドと、
やったら声の高いボーカルの曲を指向してたから、
レゴは途中でチェンジになったんだけどね。
同じくDualのステージを観に来てた歌のうまい、
一コ歳下の女の子がボーカルになった。
でもレゴは『マネージャー』っていう立ち位置で、
しばらくDualの近くにいた気がする。
それでツインギターのもうひとりのギタリストもバンドを去って、
めっちゃうまいドラマー、モテるベーシスト、歳下JKボーカリスト、あと俺の4人で活動するようになって。
結構調子乗っててさ。
高校生のバンドコンテストに応募したんだ。
そしたら予選通過して、
東京代表の決勝大会に出場できるコトになったの。
高校生バンドナンバーワンを決めようぜ、みたいな大会。
会場は渋谷ON AIR WEST。
「おんえあーうぇすと?ラジオとかでよく聞く場所じゃん!!すげえ!!」
ってね。
会場に審査員とかいてさ。
どっかの会社の人とか何人かいたけど、
元プリンセスプリンセスのベースの人しか覚えてない。
フロア広いなー。
二階席とかあるじゃん。
みたいなね。
そうなるともちろんステージも広いんだ。
それまでの演奏の中で、
一番緊張したよ。
演奏中に足の震えが気になったり、
力を抜かなきゃ指が動かないのに、
指先に痛いくらいに弦が食い込み続けるの。
手汗で滑ってポジション間違えるし、
客席なんかほとんど見てない。
だから、
輝かしい決勝大会のステージは、
最悪のパフォーマンスを続ける自分の手元と、
足下の黒いゴムマットの記憶しかないんだ。
なんで審査員、プリプリの人しか覚えてないかって言うとさ。
その人からコメントもらったんだ。
演奏後に、ステージにいる各プレイヤーにコメントを授けていくっていう流れだったんだけど、俺だけあんまり音楽とは関係無いコメントで。
「右手、はやく動いてたね。」
以上。
コメントに困ったんだろうな。
でも言わないのも気の毒な流れだっただろうからね。
批評の対象にもならんから、
もう見たまんま言うしかないけど、ええい!!
みたいな言葉を選んだ気遣いくらいは俺もわかったよ。
大人を困らせちゃいかんよな。
もちろん、
グランプリはどっかのすごい高校生バンドが持っていったよ。
そりゃあとても悔しかった。
高校生の時の悔しかったエピソードの上位は、
ほとんどこのDual絡みなんだけど、
コレは恥ずかしかったのも相まって、
強く印象に残ってる。
その時思った。
いつか、
このステージでリベンジ。
当時の俺が知り得る、
一番大きくて敷居の高いステージがそこでさ。
だから、
その時に一番自信のあるパフォーマンスをそこに残してきたかった。
残してきたかったのに。
思い出せる限りで最悪のモノを置いて帰って来た。
だからココにはちゃんとしたのを置き換えにこなきゃと。
ちなみに、
この大会の次の年のグランプリは、
加治君が高校で組んでたバンドが勝ち取ったんだよ。
いつかこのステージでリベンジ。
もちろん、RCを結成した時も覚えてた。
「ON AIR WESTですげーライブやる。」
ってな話もしたんだ。
スタジオリハ終えて、4人で入った池袋の居酒屋で。
もう気付いてるよね。
その時が迫って来てる。
今は『ON AIR WEST』
じゃなくて、
『渋谷O-WEST』に名前が変わってるけど。
6月14日
S.H.Eのワンマンのオープニングアクトで出演するんだ。
目指してた場所だからさ、
S.H.Eにこの話、伝えてもらった時は、もちろん嬉しかった。
でも直後、悔しくなって。
俺がやりたかったのって、
S.H.Eが決断した事じゃないのかと。
思い入れがある場所を自分達のワンマンライブの会場に選んで全力で臨む、っていう事。
彼らは勇気ある決断をしたけど、
俺してないじゃんって。
悔しい。その分彼らが眩しい。
『いつか』を実現に向けて、
もうすぐそこまで近付けてるS.H.Eを尊敬する。
そういう大事な日に、我々を召喚してくれたコトを深く感謝もしてる。
そんであと、超嬉しい。
でも、
この悔しさの行き場が無くてさ。
S.H.Eに対しては感謝とかリスペクトとか、そういう好意的なアレだし、仮に俺の悔しさ伝えても、
「え、う、うん。そっか。。」
ってなるだけだし。
ゆきえ辺りは
「どしたー?なんかイヤな事でもあったのかー?」
みたいな優しいので返してきそうだし。
余計情けなくて埋まりたくなるわ。
悔しいのは、
自分で置き換えるしかない。
そしてあの場所だから。
過去の悔しいのと一緒に、
それらを全力のパフォーマンスでナイスな思い出に換えてしまおうという目論見なんだ。
高校時代の黒歴史克服と、S.H.Eからの恩への返礼になる、
俺の中での一大事。
俺の中でS.H.Eが絡んでる分、
更に切実。S.H.Eのコト好きだから。
「昔すげーあそこで恥かいたんだけど、
むしろアレがあって良かったみたいなトコあるわ。
完全に今日の為の伏線だったわ。」
みたいな、好きな人達と、素敵な記憶を共有する為の出来事にしようと。
悔しさを追加した分、ひっくり返すときは。
オセロみたいに、頭ん中で黒いのから白いのにパタパタと変わっていくやつも大量に増えるから。
そういう意気込みで、
俺はあのステージに立って全力でS.H.Eを召喚する。
そしたらもう大丈夫。
She Hugs Everythingだ。

渋谷O-WEST

S.H.E Presents

『She Hugs Everything』

2013/06/14 fri
-act-

S.H.E / 
Riverside Creature [O.A]


open: 18:00
start: 19:00

adv ¥2,500 +D
door ¥3,000 +D
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■最新MVです。
『最少愛』

■音源無料配信中
もしよかったら、
あなたのポッケに入れて、
外に連れ出してやってください。
コチラから無料ダウンロードできます。
■ホームです。
Riverside Creature official website
■つぶやいてます。
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第一会議室からココまで。

高校の頃のコト。第一会議室のお話。
高校に入学して、
軽音部に入部した。
家からチャリで20分くらいで行ける近場の高校選んだんだけど、
入学して教室に詰め込まれた時点で場違い感ハンパ無かった。
クラスの半分以上が女子で、
なんかみんなケータイ片手に番号交換とかしてて。
近くの席だった人と、
「なんかみんなすごいですねー」
とか言ってて、
「じゃ、俺らも交換しときます?」
みたいな流れでその先ほぼ電波が飛ばない連絡先が開通したりなんかして。
分数わからんアホでも気付いた。
あ、俺、これ友達できねーわ。
部活だ。
部活に入ってからだよ。
放課後の長い時間を共に過ごす仲間達。
理想は進研ゼミDMのマンガ。
恋に部活に勉強に、あらゆる煩悩を叶える一人勝ち。
そんなザーメン臭い理想が実現する訳もないけど、
とにかく部活だ。
放課後の居場所こそが、そいつの学校での居場所。
とりあえずバスケ部に入った。
2週間経たずに辞めた。
練習ですらシュート外すとダッシュしながら大声で謝らなきゃいけない高校バスケ、ナメてました。
あ、俺、これ友達できねーわ。
高校入学前に用意しておいたケータイで、
メールなんか飛ばしてみたり。
一番最初に登録したアドレス宛。
「たっちゃん、俺高校で友達できねーわ。」
「下ネタでなんとかなるよ!!」
後に官能小説を参考図書にしてグロい下ネタ体験談を創作してじわじわと内輪で話し始めのきっかけを掴むコトに成功する画期的なアドバイス。
結果授業中に「あおいそらー!!」とか叫ぶ友達ができました。
会話の要所要所に「リビドー」とか挟むクラスメイトと日々の昼食を共にするコトができました。
でもそこまで辿り着くまでにはちょっと時間があって。
その時考えてたのは、
やっぱり部活には入らないと。
ギター弾きたいな。
軽音楽部入ろうかな。
でも軽音の人みんな恐そうなんだよな。
何なのあの髪色?欧米人なの?
そのピアスホール乾電池入るんじゃないの?先住民なの?
制服着てる人ほとんどいないよ?
でも大丈夫。俺音楽好き。彼らも音楽好き。
それでいける。ハズ。
ひとりで入部届けを持って指定された集合場所に行きました。
渡り廊下の向こう三階、第一会議室。
同じクラスだった人とかも居て、
ちょっと安心して滞り無く入部手続き終了。
これで俺も友達できるぜ。って。
甘かった。
運動部みたいに放課後毎日みんなで集まって基礎練とかやらないから。
「バンドやろうぜ」っつって友達誘って入部するのが多数派。
そうやって入ってきた部員が、若さ故の人間性の欠如から、
「あいつウザくね?」とかバンド崩壊して、
「こないだの演奏会出てた一年うまくね?あいつ入れようぜ。」
とかやるのが軽音部。
恋人もバンドメンバーも気軽にお手軽にホイホイ変わって行くのが高校生。
ドキドキできればイイ恋人と、
キャーキャー言われればイイバンド。
とりあえずバンドを組まなくては。
だがしかしバンドやりたい奴の大半はギター買うから。
ギタリストだらけ。
ギターにこだわって孤立するよりも、
「ベースでいいや。弦4本だし。すぐできるわ。」
っつってとりあえず動けるバンドに入ってしまう、
変わり身の術の体得が、今で言う『コミュ力』の基礎でしょう。
ちなみに「ベースでいいや」なノリで楽器を手にとると、
この楽器の素晴らしさに気付くのが少しだけ遅くなって、
大抵結成当初はしょっぱいバンドになるよね。
で。
ギターが弾きたかった僕はと言うと、
ハッタリかますコトでバンドに入る作戦に出ました。
「あーその曲のソロならできるよ。」
「やりたい曲ある?全部耳コピしてくるよ。」
嘘つきは泥棒の始まりです。
楽器歴の浅い高校生の期待を盗み出すのは、意外にもうまくいきました。
結果バンドに入れて、最初の演奏会にも出演できて。
ほとんど達也とのメール履歴が大半だった俺のケータイも役割を増していきました。
確か達也君はこの頃、髪色ピンクとかでとても忙しくなってました。
盗んだ期待をバレずにこっそり返しとく為に、
放課後はすぐに家に帰って練習。
部屋にこもって毎日練習。
なんか居場所ができた感じで頑張ってたけど、
冷静に考えたら放課後ライフだいたい自室って、
友達いなくね?みたいなね。
でも軽音部でちょっと顔が知れるようになった安心感で、
大概の事は気にならなくなってて。
「高校でバンドやってるとモテる」
が適応されない事例なんかも気にならなくなってて。
いや、気になってたわ。
smartとか借りて読んでたの思い出した。
雑誌買えないのに服買えるワケねーのにな。
で、学校の居場所は第一会議室。
バンドの練習はそこを交代で使うんだけど、
部員と仲良くなっていって、他のバンドの練習みたり。
だんだん呼ばれるバンドが増えていって、
第一会議室にいる時間も長くなって。
もちろん会議室だから、
練習終わったら機材全部運び出さなきゃいけなくてさ。
ドラムセットとかベースアンプなんかをひとつひとつ階段で運んでいくの。文化祭の時とかだと体育館まで運んで行ったり。
ワイシャツ背中にぴったりはり付く程汗だくになってんのになんかちょっとドヤ顔でね。
「あーバスドラム、誰か手伝って!!」みたいな。
『俺文化祭、すっげー充実してます』感出すアレ。
クラスの出し物の準備してる教室で居場所なくても、
ふてくされないで済む安心感。
たぶん俺だけじゃなかったんだと思う。
だって第一会議室にばっかいた奴いたもん。
生徒会の奴は生徒会室にばっかいたし。
それは、仕事の量とか関係なかった気がする。
そういう、
『居場所なかったけど、
ココならもう安心。今なら外で疎外されても頑張れる。』
みたいな感じ。
なければそこに辿り着いたり、
強い人は自分でつくったりする為に頑張る。
思い出話チックに話してるけど、
今もそういう気持ちある。
それに俺だけじゃなくてたぶん、
家に帰ったら嫁にうまいメシつくってもらう未達営業マンも、
生徒の悩み相談をきく就活中の塾講師も、
放課後学校からちょっと離れた場所で彼女と待ち合わせる野球部の補欠君にもあるんじゃねーかな。
第一会議室に入り浸ってた頃、
バンドやってギター弾いてて、
今もそんなコトしてる。
第一会議室みたいに、そんな場所から出て行かなきゃいけない時がきて、
また外で不安になっても頑張っていけるような場所をつくってる。
頑張る理由の大半ってそういうのじゃねーのかな。
そこに好きな人を迎え入れたいとかも含めると。
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コンテストイベント前夜。

入間川「加治君のアンプって電池駆動するんだよね?」
加治「うん。8本で8時間かな?」
ちゅぢゅ「8本で8時間演奏出来るの!?」
加治「16本で16時間だぜ。」
ちゅぢゅ「じゃあさ、じゃあさ、32本持ってたら32時間!?」
加治「というコトは…?」
ちゅぢゅ「64本で64時間演奏できる!!」
加&ちゅ「…というコトは!!」
アコースティックセットのリハでスタジオ入ってた時の
彼らの頭おかしいトークが今頃じわじわきてます入間川です。
さあ。
明日は、っていうか日付変わってもう今日か。
渋谷eggmanでコンテストです。
詳細はこのブログのトップにて。
せっかくだからコンテストイベントの思い出を書こう。
2年くらい前、
まだRiverside Creatureが初めてのライブの日を迎える前の
スタジオリハ。の後の居酒屋でのお話。
そうだ、まだ将一のオーダーがウーロン茶だった頃だよ。
「満員の渋谷O-Westのステージ立ちたいから力貸してよ。」
「West?Eastじゃなくて?」
「どっちがでけーの?」
「Eastじゃね?」
「じゃあ両方満員フロアが歓喜するのみたいから力貸してよ。」
っていうさっくりした口説き文句でそれでもマジモードで話をしてたコトがあったのさ。
でもなんで渋谷O-Westなの武道館じゃないのアリーナクラス目指すだろそこは、
って突っ込みが入るワケですよ。
高校生の時、
渋谷O-Westでライブやってさ。
それが人生初(たぶん)のコンテストイベントで、
『高校生のイイ感じのバンド決めようぜ!!』みたいなやつ。
それの決勝が渋谷O-Westだったのよ。
当時ON AIR WESTだったハズだけど。
で、決勝じゃん。野心出るワケですよ。
なんか審査員とかいるし。
『優勝者はプロのスタジオでレコーディング!!』
なんつー今見たらうさんくさいキャッチにも憧れてたし。
で、野心膨らむ程、
ステージ立ったらすげー緊張するの。
「勝たなきゃ!!勝たなきゃ!!」って加速する感じで。
足ガッタガタ震えるのね。
それでまた「ヤバい!!勝たなきゃいけないのに!!」って。
当然指滑らないし。
その時は歌ってなくてギターだったんだけど、
運指悪いギタリストとかもう大変じゃん。
お前何しにきたの?みたいな。
きけたモンじゃない。
そんで、演奏後に審査員のコメントみたいなのをステージの上でもらうんだけど、
それとなく問題点を指摘して、
各パートの良い所をまぁなんとなく伝えて、
「頑張ってくださね。」で和やかに締める流れっぽかったんだけど、
俺のターンで審査員もう満面の苦笑いな訳ですよ。
「速弾きしてましたね(笑)。」
的なコメントで。
なんか褒めてる風な文脈で言ってたけども、
これ、コメントっていうか確認だからね。
「してましたね」っつってるからね。
「今日は晴れてましたね。」
くらいのノリですよ。
コンテストで。決勝で。ステージの上で。
それくらい審査員困ってたからね。
そんくらい恥晒す演奏だった。
で、
バンドを組む、ライブ一回限りのじゃなくて、
パーマネントなバンドをつくるって決めた時に、
目標を考えたの。ドコにいきたいかっていう。
そこで当然でるよね。武道館。
それはそれでひとつとしておいて、
その時まで覚えてたのが、
その『渋谷ON AIR WEST童貞恥辱事件』ですよ。
恥の多いステージの思い出は数多くあるけど、
その中で最低級の思い出。
コンテストにあたって抱いてた、自信とか野心の分だけ、
ステージの自分のダメさが深く刺さった訳です。
これはリベンジしましょうと。
最大級のトラウマ払拭するくらいのライブがしたいって。
それできたらそのバンドはすげー納得いくパフォーマンスする
すげーバンドでしょって。
その場にいた人きっとみんな喜ぶよって。
これは目指す価値ある目標だなと。
そこから更に進んでいきましょうと。
完全に私怨な目標をメンバーにぶつけたワケです。
あいつらお人好しだからうまいことだまされてやんのね。へへ。
っていう、今の目標に繋がる出来事が、
コンテストイベントってやつにはあるんです。
ちなみに、
そのイベントの次の年の優勝バンド、
加治君と前ドラマーの健サンが在籍するバンドだったっていうね。
腹立つよね。忘れない要因のひとつだね。
で、明日のイベント。
コンテストだから。
やっぱり野心出ます。
そして野心の分だけ落ち着きがブレていく筈です。
『渋谷ON AIR WEST童貞恥辱事件』
から今に至るまでに、俺どんだけ精神力養えたんだろ。
それが明日また少し確認出来るんだろうなと。
そういう、自分の内側の変化に触れられるんじゃないかっていう部分でも、
明日は楽しみなんだ。
もちろん気合い入ったバンドのパフォーマンスとか、
それでアツくなったフロアの雰囲気とか、
いつも通り楽しみだよ。
でも明日はプラスαでお楽しみ。
出演バンドみんな1位通過を目指してると思うので、
さぞ殺伐とした顔合わせになる事でしょう。
バンド間の火花パチパチ的な緊張感も、
フロアでみてる方からするとショーの一部みたいな楽しみ方ができるなーって、
鷲宮55の応援に行った時に感じたよ。
だから好戦的な態度がにじみ出ても、
「お、やってるやってるw」
ってな具合に楽しんでもらえたら幸いです。
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