理想の次元の違いとか。

人が読んだ時に面白く思ってもらえるようにブログを書く必要があるのは、

人が聞いたときに不快な物言いをする人がいる時に感じたりはするのですが、
「あんな言い方って無いよな。あと言葉遣いとは別に言外ににじむ、相手への敬意を欠いた態度。」
と我が振りを見直すコトと、
逆に快いアウトプットをするコトとが結び付きづらいのです。
あんなのは嫌だ、と思い遠ざかろうと心掛ける程に、視界にはそればかり収めていて理想的なアクションのスペースが侵されているような気になってくる。
嫌な何かへのリアクションとしてうまれたそれは良い物なのか、とも。
見たり聞いたりして小気味良い言動というのは、『対ウザキャラ用アティテュード』みたいな物騒さもなく理屈抜きまずは「あ、なんかイイな。」と来るもので。
だからこそ人が生み出すものはそっちよりのモノが望まれるコトもわかるのですが、実際にそれらを生み出す人というのは、それの必要性とかよりも、もっと別の優先順位でもってやってるんじゃないかと思われるワケです。
「こう言ったらあいつは喜ぶだろうな。」
みたいな作為的な部分にフォーカスするよりは「この言い回し、こないだみた映画の主人公が言いそうなカッケェやつじゃね。」とか。
理想の次元の違いというか。なんというか。

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