進む。ピクセル単位で。
Pixel by Pixel。
ピクセル単位の進歩。
これもお気に入りの言葉のひとつ。
「HD」とか「4K」とか「ハイビジョン」とか言うじゃない。
スマホとかテレビで「解像度」って。
1284×2778みたいな。
あれの「1」を打っていって、絵とする。
「ドット絵」とか「ピクセルアート」って呼ばれる表現手法。
直近だとこういうのを打ってアップロードした。
「ドット絵」「Pixel Painting」「Pixel Drawing」みたいな呼び方が気に入ってる。
日々行っていることの大半は、ディスプレイの中で行われるから。
3440×1440とかの中の、点ひとつ。
そんな1ピクセルは、なんというか、私の世界の中でコントロールできる最も小さな何かみたいに感じるんだよね。
厳密には1ピクセルを見てる時は1ピクセルのサイズではないから、感覚的なものなんだけど。
DTMで楽曲を構成する一音を調整するのにも近い。
だから性に合ってるのかもしれない。
こういう最も小さな一手の積み重ねが、最終的な仕上がりにつながっていくっていう、
希望を込めた安心感と、近視眼的な没入感の心地よさと、それゆえに確実に仕上げに辿り着けるかどうかはわからない不確かさみたいなものがね、なんか気に入ってる。
微々たる変化だけど、ゼロではなかっただろ?今日。って。
ピクセル単位の進歩。
それに比べたら世で行われる活動の大半は巨大な進捗で壮大な変化の過程なわけですよ。ピクセル単位の歩みは、こう、己の傲慢さを諌める精神修養の一環も担っているようではありませんか。