会話の様式。
家族、友人、恋人、配偶者、同僚、顧客、見知らぬ他人、それぞれ違う会話のスタイルが使い分けられてる。
使う言葉、選ぶ話題も相手によって使い分けられる。
ただ、目に見えるものとか、目に見えないものに対してお互いが思うこととか考えることを交換するのが、共通するベーシックなスタイルだよね。
「晴れたね。今日は陽が良く出てる。」
「そうだね、今日は暑くなりそうだね。」
みたいに。
メインは情報の交換。日々仕事に勤しむ善良なる民である我々はこのスタイルに慣れてる。はず。
ただ、発話そのものを楽しむというか、
情報の交換を目的にしないトリッキーなスタイルもある。
「良い天気だね。」
「草がね、すごい。」
「カタツムリがこんなにいてさ。」
「あっちからすごい音がするんだよ。まいっちゃってさ。」
みたいなやり取りを大きめのボリュームと早めのスピードで取り交わしたりする。
二者間でも噛み合わない感が目立つのに三者、四者と増えたらどうなるんだろう。
会話ってキャッチボールとかドッジボールに例えられることが多いよね。
ボールを投げて、キャッチする。
投げる楽しみと、受け取る楽しみがあって、ラリーが続くのも楽しい。
投げながら少しずつ元いた場所からスライドしていって、思いも寄らない投球ができたりするサプライズもある。
ぶつけることを楽しみにするケースもあるかな。それは限定的な状況か、常に楽しんでる変態もいるかもわからん。これはまた別のお話。
一方、先のトリッキースタイルは、
ボールで例えるとカゴの巨大な玉入れみたいな感じ。
「ボールで例えると」って言ったけど、玉入れの玉はボールなのかな。少し大目に見てもらえると助かる。
眼下に見える、あの巨大なカゴに、みんなの足元に転がってるボールをぶん投げて遊ぼう!みたいな。
もはや玉入れではないな。なんで玉入れって言ったのかもわからないけど、そんなイメージが浮かんだんだ。大目に見ておくれ。
玉の行方よりも、参加者が同じくらいの熱量で玉を投げてる方が重視される遊び。
発言内容よりも、相手の発話のボリューム、リズム、スピードに、より集中できる。それらが合ってる方がうまく場が成り立っていく感じがする。
このトリッキースタイルが重視する、言語的なシンクロよりも、サウンド的なシンクロへの意識。
「この人話しやすいな。」っていう人は、
ベーシックな会話のスタイルの中に、サウンド的なシンクロ感が強いよね。っていう。