嫌いな言葉は、そのうち消える。

嫌いな言葉というものがあってね。
まぁ誰にもひとつやふたつはあるじゃあないですか。
自分的NGリストに入ってるから自分の口から出ることはまず無い。
たまに誰かが使っている時に耳、もしくは目にして「あ。」ってなるような。

その言葉自体は、もともと好きでも嫌いでもなかったんだよね。
これまで生きてきた中で使われてる状況によって嫌いになっていった。もしくは一発で嫌いになった。

よくあるのは嫌いな人がよく使ってた言葉だから、聞くと嫌な気分になるってやつだな。
だから嫌いな人とか嫌いな状況に長く居続けると嫌いな言葉が増えていって、説明できる世界が減るような気がしたこともあったものだよ。
でも心配はご無用でさ。
逆もまた然りで、好きな人がよく使う言葉だったりなんかすると、自分のお気に入りになるなんてこともよくあるじゃあないですか。
好きな本で最初に知った言葉なんて、特別な加護を受けたかのごとく、その後いくら嫌いな状況で使われたってビクともしないものよ。

まぁ、好きだった人が嫌いな人に変わる、みたいな場合はしょうがないんだけどな。

そんなわけで、好きになった作品とか人からたくさん言葉を受け取るように心掛けてたら、
たとえ自分を一度経由したとしても、記述できる世界がちょっといい感じになるような気がするっていうね。

だからこそ逆に、嫌いな言葉の存在が際立つわけでもある。おろし立てのシャツに落ちた染みみたいにな。
これが気になってたんだけど、もう少し長いスパンで考えたらそんなにイラつかなくなるかなってね。

好きでも嫌いでもない、まっさらな言葉へのイメージがまずあって。
それが、使われてきた文脈によって好きか嫌いかに分かれていく。
2種類かっていうよりは、どのくらい好きか嫌いかってのがグラデーションしてる感じかな。
たまに、形成されたイメージがその後の使用例によって入れ替わったりする。
この辺で、好き嫌いの間を行ったり来たりしながら、気になる言葉に目が止まったりしてたんだけど。

嫌いな言葉、そのうちなんかどうでも良くなるなぁってことに気付いた。
たぶん、嫌だった記憶が風化した証なんじゃないかって思う。
使わずにこれまでやってこれたから、わざわざ自分で使うほどでもないけど、誰かが使ってても、「おい、俺その言い方大っ嫌いなんだよ。言い直してくれねぇか。」とはならなくなる。

っていう、嫌いな言葉への態度のお話。